地元の大学を卒業し、大手のハウスメーカーに就職しました。
大学生活の4年間は社会とはかけ離れた別世界。毎日のように遊んで暮らし、勉強も適当に単位だけ取れればいいやって感じでした。
バイトはしてたものの、ピザ屋の宅配なので、社会の厳しさなんてまったく感じられず、バイト仲間と楽しく過ごしていたという思いでしかありません。
そんな俺が初めて味わう社会の荒波。
入社して、すぐは上司や先輩達も優しく歓迎してくれていたのですが、慣れてくるに従って少しずつ厳しさを感じるようになっていきました。
学生気分が抜ききれていなかったのか、それとも自分自身が社会人としてのマナーを知らな過ぎていたのか…入社して1ヶ月が経った頃には、優しかった先輩も次第に厳しくなり、毎日のように叱られる日々が続きました。
先輩「おい!T君よ、何回言えばわかるのよ?いつまでも新入社員じゃないんだぞ!」
事あることに先輩にその言葉を言われ、自分が何で怒られているのかさえ、わからなくなる事もありました。
質問する度に叱られ・・・聞かずに進めればまた叱られ…(じゃどうしろって言うんだよ!)っと何回も心の中で叫んでいました。
飴と鞭とでも言うのでしょうか…
先輩は厳しく自分に当たる一方、さらに上の上司は先輩とは逆に物凄く優しく接してくれるのです。
その時の俺は、そんな先輩に殺意を抱いていたようにも思えます。
優しくしてくれる上司に対しては、ペコペコっと頭を下げて接する一方、先輩に対しては時には睨み付けるような顔で、ふてくされた態度を取ったりと…正直、仕事もろくに知らない俺が取る態度ではなかったと思います。
それでも先輩は、毎日俺に厳しく当たってきます。
「(この人・・・俺のこと嫌いなんだろうか?だから、こんなに俺に冷たくしてくるに違いない・・・)」次第にそんな気持ちになっていったのです。
負けず嫌いだった俺は、それでも歯を食いしばって先輩からの(いじめ?)に耐えていました。
何回も「(今日で辞めてやる!)」って思わなかったことはないくらい。日に日に、精神的にも落ちていくのがわかりました。
半年が経って俺も入社した頃に比べると、だいぶ仕事も覚えてきて一人で任されるようにもなってきました。
それでも、会社に戻ると先輩の厳しい指摘が入ります。周りに他の部署の社員がいるのに…女子社員もまだいっぱいいる時間に…
俺は、ただただ悔しくて。自分では、きちんとやっているという責任を持ってやっているのに…なのに叱られるなんて。正直、トイレに隠れて何度も泣いた事があります。悔し涙だと思います。
いつか見返してやる!絶対にこの先輩を追い抜いてやる!チクショー!って悔しくて…悔しくて…
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それからしばらく経って、俺は別の支店に転勤になってしまいました。それと同時に、その先輩からも解放されたのです。正直、嬉しかったというのが本音でした。
転勤先では、誰に怒られる事もなく伸び伸びと仕事ができるようになって、他の同期よりも先に現場を任されるようになったりと。
「(なんだ、俺って仕事できるしゃん~、なんで怒られてばかりだったんだろう…)」って思っていました。
その頃、あの先輩が体調を崩して入院したと言うのを聞きました。
お見舞いに行きたかったのですが、場所も遠かったので、ついついお見舞いに行けずに月日が経ってしまい。すっかり先輩の事も忘れてしまっていた、ある日…
「○○さんが今朝…亡くなったよ」
俺は信じられませんでした。そんなに悪いとも思っていなかったし、あんなに元気だった先輩が…しかも、まだ32歳という若さで。死ぬなんて思ってもいなかったし…
ショックと動揺を隠せないまま…俺は、先輩のお通夜に参列しました。
その夜、先輩に携わった人達が集まって、色んな話しを聞かされました。
「T君…お前、○○さんの事、憎んでただろう?そう思われても仕方がないよな。あれだけ、毎日のように叱られていたんだから。実は、あれはなお前を一人前に育てる為に、○○さんは嫌われ役をしてただけなんだよ。お前が、悔し涙を流してトイレから出て来ない事も知ってて…言い過ぎちゃったかな~って、いつもお前の事を気遣っていたんだよ。そして、お前が転勤になったのも○○さんが、もう大丈夫!一人前になったから、1人で任せて大丈夫!って会社に言ってくれて。その間も、ずっとお前の事を心配していたんだ。体調崩して入院している時も、お前がお見舞いに来ないのは、お前が仕事を一生懸命やっているからだって…。俺が育てた後輩だからって…。どこに行ってもあいつは大丈夫って…。亡くなる前日までお前の事を心配してたらしいよ…」
俺は…そのことを知らされて…
涙が止まりませんでした…
何も言葉も出ませんでした…
今の俺が頑張ってこれたのも全部、先輩のおかげです。
俺は、今年…亡くなった先輩と同じ年齢になりました。
そして俺の下には、あの時の俺と同じ後輩がいます。
○○さん…ありがとうございました。
俺は…先輩の分まで頑張ります。
本当に…ありがとうございました。
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その人のためを考えて、心を鬼にし厳しく接する……。
これって本当に辛いことだし、強い意思を持っていないと成せないことだろう。
○○さんはそれだけ、後輩のことを想ってくれていたんだな……。